このまま出生率が上がらなければ、日本は人口減少の悪循環から抜け出すことができません。これまでの海外取材を振り返り、各国の取り組みの良いとこ取りし、もっと出生数(出生率)を上げるためにはどうしたら良いかを考えてみます。
これまで取材した子育て先進国と日本の変化を整理ー2020年版
職場復帰を保証する
独立行政法人経済産業研究所
の客員研究員 山口 一男氏の論文「女性の労働力参加と出生率の真の関係について-OECD諸国の分析と政策的意味」では、働く女性の出生率を増加させる要因は「仕事と育児の両立度」と「職の柔軟性による両立度」であり、後者が与える影響のほうがより大きいと指摘されています。
取材先の国の多くでは、女性が育休を取得し
職場復帰するときには、元の職場で同じポジションに戻すことが法律で決められていたりそれがあたりまえだったりという環境でした。それらの国では、チームや職場の残った人間がお互いにカバーをするのが当然。お互い様で、次は私の番だからという考え方です。これなら安心して妊娠・出産に臨めます。
対して日本ではマタハラやパワハラの報道が後を絶ちません。一時的にでも職場を離脱することに対して寛容ではありません。一度席を空けると、そこには別な人間を入れて埋めてしまうのが日本の一般的な企業です。
出産し、育休を終えても復職できないのでは妊娠・出産をためらうのはあたりまえです。女性の就業率が70%を越えた現状で、妊娠・出産=退職、あるいはポジションを失うということであれば出生率が上がるはずがありません。復職の難しさが
職の柔軟性を阻む最初の壁です。日本の企業風土的に柔軟な対応が難しいのであれば、
労働基準法を改正して復職を保証することを、まず義務づけるべきです。
待機児童解消に向けて
まず、大前提としてこれからの日本の人口構成(出生数予測)を確認する必要があります。本来なら、出生数が毎年200万人を越えた第2次ベビーブーム(1971~74)で生まれたこども達が大人になり、2000年代初頭には第3次ベビーブームが期待されました。しかし日本では第3次ベビーブームは訪れず出生数は増えませんでした。
2013年にカナダ(BC州)を取材したときは、第3次ベビーブームと移民政策を背景に早急な保育所や託児施設の整備が求められていました。2016年の人口は約465万人ですから、わずか3年で30万人以上、7%も人口が増えています。同じ時期、日本では第3次ベビーブームは起こらなかった代わりに、女性の社会進出と就労率の上昇を背景に保育ニーズが急激に高まりました。急激な需要増に対応を迫られるということでいえば、この時のカナダと日本は同じです。
カナダではこの状況にどう対応しようとしたかというと、(用地取得から建設に時間もコストも掛かる)保育所を作るだけではなく、多様な形で子どもの面倒を見てくれる人と場所を増やそうとしました。 保育士資格や子どもを預かるライセンスは定期的な研修受講を義務づけ(研修に参加しないとライセンスの更新ができない)、保育の質が低下しないようにもしていました。同時に、受け入れ可能な施設や空き状況の情報を一本化し、マッチングの仕組みも整備しました。
大規模な保育所から自宅預かりまで、施設の充実度も託児料金もピンキリですが、何処を選ぶかは託児に求める要素やクオリティ、経済状況等に応じて選択すれば良いわけです。
取材した国で子どもの預け先で困っていない国は、ニュージーランド(幼保一体化をいち早く進めた)とノルウェー(法律で保育所の確保を義務づけ)だけで、ほかはどこも保育所・託児先の問題は大なり小なりありました。カナダと日本は需要と供給のバランスが絶対的に崩れている状況で、それをどう解決するかという同じ問題を抱えていました。ほかの国では希望に対してどこまで応えるか、利用者はどこまで妥協できるかという選択の仕方の問題です。
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パリの公園はベビーシッターに連れ
られた子どもたちで保育園さながら |
パリ市でも保育所は不足していて整備を進めていますが、入所希望を全て満たすまでには相当な時間がかかります。そこで、補助するのでベビーシッターを積極的に活用してくださいという発想です。補助を受ければベビーシッターを利用しても保育園に預けた場合と大差ない利用料になります。パリの公園に行けば、ベビーカーや小さな子どもを連れたベビーシッターをたくさん見ることができます。
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将来出生数の2017年推計 これより2年早く90万人割れ |
日本では認可保育所の定員増ばかりが議論の対象になりますが、時間とお金をかけて箱物を準備している余裕はありません。まず数的な需要を満たす方策が求められます。しかもこれからどんどん出生数が減ることが明確な状況で、需要に供給が追いついた瞬間から今度は供給過剰に転じることは明白なのです。
カナダのように、
預かり先をまず確保し、フランスのように
補助によって経済的な負担をならす。もっといえば、カナダのように誰もが入れたがる大型の認可園の料金を高くするなど、
マーケットの原理を導入して不公平感を無くすということを同時に考えて良いかもしれません。
カナダBC州を取材時(2013年)にはなんと、3年間で2000カ所の認可保育施設(ライセンスの付与)確保を計画していました。日本とカナダBC州の人口比はほぼ30倍ですから、日本で言えば3年で6万カ所設置するという規模です。日本でもこの位のスピード感が必要です。
父親にも産休と柔軟な育休
山口 一男氏の論文で指摘された、働く女性の出生率を増加させるもう一つの要因は「仕事と育児の両立度」を上げることです。そのためには、夫の育児・家事参加が重要になります。日本は取得可能な育休の日数が世界的にもトップクラスです。しかし、その実態はいまだ男性の取得率は僅かに6%程度に留まっています。さらに育休の取得日数は1週間程度という人がほとんどです。EU諸国の「父親休暇」(父親の産休)の平均2週間にも満たない日数です(育休は父親休暇とは別に設定してあります)。
日本の場合はまだ
半数が里帰り出産(2016年miku調べ)で、(妻の)両親のサポートに支えられている現状ですが、その比率も段々と下がってきています。里帰り出産をしたり両親のサポートが厚いと、父親が生まれた子と接するまでに時間がかかるうえに両親に頼ってしまい、妻子と接する頻度も少ないまま過ごしてしまいがちです。そうすると父親であることを意識するまでに時間が掛かってしまいます。結果、育児・家事への参加意欲はなかなか芽生えません。
権利としての育休ではなく、
取得を義務づける父親の産休を制度化することで生まれたばかりの我が子との接触を早くから持つことになり、父親としての自覚も芽生えることが期待できます。その際には、ブルガリアやルーマニアのように
育児講習参加を
義務づけないと、単なる休暇になりかねません。産休取得は、(里帰り出産などで顔合わせのタイミングも違うので)出生後3カ月以内に○週間取得し、育児講習参加証明書を提出すること(しないと無給)などとしたら良いでしょう。
産休中の給与・給付金は、有給の特別休暇とするか、雇用保険か健康保険か、あるいは地方自治体の行政予算からとするかは検討しなければなりませんが、産休取得=所得の大幅減とならないことが重要です。
育休の取得方法についても、
ベルギーのような柔軟さをいきなり求めるのは難しいでしょうが、現在最大でも2回にしか分割できない(考え方は出生直後の産休取得と改めての育休)ものをもっと回数、期間を柔軟に設定できないでしょうか。EUでの主流は最大○○週を分割して、子どもが△歳になるまで取得可というものです。育休取得可能期間もかなり長めです。育休が
未就学の5歳まで分割取得できるようになると、夫婦で交互に取得するなどしながら、負担も軽減できるのではないでしょうか。
教育費の軽減と子ども手当の充実
日本の子育てでは、教育費の負担も重荷になっていますが、ノルウェーなど大学まで学費が無料の国も少なくありません(その代わり、大学進学前にふるいにかけられます)。それでも幼児教育・高校の無償化などが進み、かなり教育費(学費)負担は軽減されてきました。
フランスやベルギーでは、子ども手当が充実していて、子どもがいることが経済的な負担にならないよう配慮されています。ベルギーでは、「子どもが6人いて働かないでも暮らせる」と豪語する親もいるという話まで聞きました。
児童手当は年齢が上がると減額ではなく中学から増額するなどの見直しがあっても良いでしょう。
「国難」というなら本気の予算を
安倍首相「国難とも言える状況」少子化対策進めるよう指示
昨年末、戦後出生数が初めて90万人を下回る見通しとなったことを受けて、安倍首相は「大変な事態であり、国難とも言える状況だ」と指摘しました。
2017年にも一度計算しましたが、改めて最新のGDPで日本とフランスの家族関係社会支出を計算してみます。
フランス
27,802億ドル×2.92%=811.8億ドル
日本
49,718億ドル×1.31%=651.3億ドル
GDPで日本の6割にも満たないフランスが、日本の約25%も多く 家族関係社会支出に予算を割いています。
本当に国難というなら、せめて今の2倍、対GDP比2.6%(それでもフランスよりも小さい)の約1,300億ドル=14兆3千億円くらいの支出は覚悟して予算編成をしてほしいものです。上記の施策を実行に移しても、増額分の7兆円でまかなえるのではないでしょうか。一般会計の約10%ですから、ほかの予算を10%ずつ削減して子育て支援に振り向けるのです。
生まれてくる子ども100万人(現在は90万人を割っていますが)のために7兆円を使えば、単純計算で一人あたり700万円です。ベビーシッター補助に一日1万円、年間250日支給しても250万円です。年収400万円の父親の産休・育休の給付金にあてても約6割として(1年丸々取得しても)240万円。これは最も支援した場合に現状にプラスする金額ですから、ここまでしても直接給付の追加予算としては7兆円なんていう金額には到底届きません。出産祝い金を一律に100万円給付しても1兆円にしかなりません。
実際には事務手続き費用やシステム構築なども発生するでしょうが、普通の企業並の効率で仕事すればそれほど大きな額にはならないはずです。それこそ、出生時にマイナンバーと紐付ければ、あとはほとんど電子認証決済で手続きができるようになるのではないでしょうか。産休・育休取得を後押しするために企業への助成なども考えるでしょうが、最低限の予算にとどめておくべきです。実際、これまで上げた施策を全部実施しても(給付金や助成額にもよりますが)7兆円という金額には届かないでしょう。少なくとも箱物や無駄なシステム投資にお金を使わず、実際に出生率を上げるための施策に覚悟を持って使えば、その半額でも効果は出るはずです。
安倍総理が国難と言うからには、それなりの覚悟を持って取り組んでほしいものです。
1月12日追記
事実婚と婚外子の受け入れ
Facebookで「
結婚した女性の出産数は大きく下がってなくて、結婚する女性の数が減ってるというデータを見たことがあります。もしそちらの影響が大きいなら、出産しない理由だけでなく結婚しない理由を取り除くことも必要ですよね」というコメントをいただきました。
確かに男女ともに生涯未婚率が上がっている現状では、出産する前提に結婚があるとすれば大きな問題です。 そこで、海外の出生数に対する婚外子の割合を調べてみると、OECDの平均でも40%で、日本の2.3%は
極めて低い事がわかります。
日本は明治以降も家長制を引きずり、子どもは「家」を構成する要素であり、「家」を繋ぐ存在という役割で位置づけられてきました。しかし、「家」を繋ぐために子どもを生むわけではありません。「家」に縛られた妊娠・出産など前時代のものです。
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OECD各国の婚外子割合 |
mikuで取り上げた子育て先進国だけを抜き出して日本と比べると、左下のグラフになります。フランスは約6割(65年ではまだ5.9%!)、一番割合が低いカナダでも1/3が婚外子です。23年ぶりの女優復帰で話題になっている後藤久美子さんも、ジャンアレジさんとは事実婚で3人のお子さんがいます。
日本でも、都市部ではだんだんと事実婚が認められるようになってきましたが、法律や制度、企業の就業規則などはまだ追いついていません。事実婚を社会的に受け入れ、婚外子でも嫡出子と同等の権利を認め、冷ややかな目や白い目で見られることのない社会になれば、出生数も増えるのではないでしょうか。
極めて保守的な安倍政権・自民党ですが、子どもを「家」に属するものではなく、生まれた瞬間から一人の人間として権利を認めるような考え方に変え、民法などの法律や制度の見直しも必要でしょう。
過去の取材レポートリンク
これまで取材した子育て先進国と日本の変化を整理ー2020年版
子育て先進国と日本との違いを整理してみると 2017
子育て先進国と日本との違いを整理してみると 2014
ベルギー取材レポート
その1 子育てに経済的な支援(手当)が手厚いベルギー
その2 週1回の半休で最高40カ月の育休取得が可能
その3 日本の育児支援は周回遅れ、EUでは量の確保から質の向上へ
パリ取材で見えてきた日本の子育て支援の方向性
その1 取材先をフランスにした理由
ノルウェー取材レポート
カナダ取材レポート