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2019年10月30日水曜日

九州北部豪雨で被災し、引っ越し先の千葉で台風被害に遭った従姉妹家族

2年前の7月、朝倉市杷木に暮らしていた従姉妹家族が九州北部豪雨で被災したことは、ちょうど2年ほど前にここでも触れました。
九州北部豪雨で被災した親族の見舞いに行って……

その従姉妹家族は今年3月、最後の落ち着き先にご主人の実家がある千葉へ引っ越しました。
 ところが引っ越して半年、やっと落ち着いたと思った頃に台風15号が千葉県を襲いました。台風は何度も経験し、おまけに九州北部豪雨で被災までしています。自然の猛威には敏感になっているので、それなりの備えはして台風を迎えています。幸いなことに屋根が吹き飛ばされたり車がひっくり返されたりといった大きな被害は無かったものの、それなりに家の周りは大変だったようです。

しかし、それから立て続けに19号、21号と台風がやってきて、21号の影響で活発化した秋雨前線は、再び千葉県に九州北部豪雨のような大雨 をもたらしました。はたしてその従姉妹の家は大丈夫だろうかと心配はしていたものの、前回の豪雨での被災時の話を聞いていたので、むやみに電話もできないなと思っていました。

そこへ昨夜、突然ご主人から電話が掛かってきました。
台風被害を報じるニュースを見、心配をした母は台風の度に電話をしていたようで、私も心配していたのではとかけてきてくれたのです。幸いなことに大きな被害は無かったということですが、今回も現場にいたからこそのなるほどという話が聞けました。

暴風に備えて雨戸を閉めていたら


台風15号では暴風による被害が甚大でした。そのため、台風19号、21号が近づいてきた時には家の各窓の雨戸という雨戸を全て閉め切って台風に備えたと言います。別な友人も雨戸が無い戸建ての窓に、スチロール?の緩衝材を窓という窓に養生テープで貼り付けた写真をFacebookにアップしていました。
ところが、台風21号がもたらしたのは暴風ではなく大雨。雨戸を閉め切っていたため外の様子が全くわからないまま一夜を過ごし、雨が治まって外に出ると…
大雨によって家の前の道路は川のように濁流が流れた形跡があり、いろんな物が流されていたと言います。従姉妹の家は道路から少しかさ上げした土地に建っているので家が浸水被害に遭うことはなかったものの、もしも近くの川が氾濫していたら、外の様子もわからないままに孤立していた可能性があったと言っていました。

「羮に懲りて膾を吹く」ではないですが、大きな災害の後はその記憶がより慎重な行動に走らせ、場合によってはそれが悪い結果を引き起こすことありえます。これからの自然災害に備えるためには、経験と五感、テレビやラジオ、ネットからの情報をフルに取り入れて臨機応変、的確な判断が生死を分けることにもなりそうです。




2019年10月10日木曜日

ノーベル賞受賞、心に染みた吉野さんの一言

10月1日の消費税増税対応や、そのタイミングに合わせて実施された価格改定や新商品発売など、さまざまな事象に対応していてあっという間の9月~10月の月の変わり目でした。

そんな慌ただしい毎日が落ち着いた昨日、そろそろ関電の毒饅頭受け取り謝罪会見についてまとめようかと思っているところに嬉しいニュースが飛び込んできました。旭化成の吉野彰名誉フェローに、ノーベル化学賞の受賞が決定したというニュースです。
近年、私たちの生活を劇的に変えたリチウムイオン電池の開発での受賞。私自身、携帯電話3台(うちスマホ2台)、携帯Wifiルーター、ノートPC、予備の充電用バッテリーと、日常的に6つのリチウムイオンバッテリーを持ち歩いていることになります。
今や、青色LED(同じく中村修二氏がノーベル賞を受賞)とリチウムイオン電池は生活の中に浸透して、なくてはならないものになっています。このような、普通に生活している市井の人々に身近な物の開発でノーベル賞を受賞されると、ノーベル賞自体も身近に感じてしまいます。

吉野さんは旭化成の社員として研究を続け、定年後の現在もフェローとして研究を続けていらっしゃるようです。肩書きも教えていらっしゃる大学の名前ではなく、旭化成名誉フェロー、受賞の会見時も背景に旭化成のパネルが設置されていました。
2002年にノーベル賞を受賞された島津製作所の田中耕一さんも、今はシニアフェローとして島津製作所で研究を続けていらっしゃるようです。
田中さんや吉野さんのように、企業で研究を続けた結果としてノーベル賞を受賞すると、その所属企業にも注目が集まりますし、そこで働いている従業員にとっても栄誉として受け止められ、仕事をする上でのモチベーションにも繋がることでしょう。

日本経済新聞では
出社後に開かれたセレモニーでは、約300人収容のカフェテリアが大勢の社員で埋まった。盛大な拍手で出迎えられた吉野さんは、大きな花束を受け取ると「皆様の子どもさんが『お父さんの会社ってすごいね』などと喜んでくれるのが一番うれしい」と話した。受賞決定の連絡は9日午後6時15分ごろだったと明かし、電話を受けた際は「ドッキリカメラかと思った」など振り返り、会場を沸かせた。
 とありました。

ブライト・ウェイの企業案内でも、コンサルティングの目標に「子ども達に自慢できる社会や企業にすること、子ども達と真正面から向き合える社会や企業になることをみなさんと一緒に考え、行動します」と入れていますが、まさに吉野さんの言葉はそれでした。

ノーベル賞受賞者が出なくても「お父さんの会社は凄いね」とこども達に喜んでもらえる会社を一緒に目指しましょう。

2019年9月1日日曜日

美術館のギャラリーツアー参加は、VTSやアートマネジメント研修のプレ体験に

近年、今後求められるビジネススキルとして、アメリカを中心にデザイン・クリエイティブ思考があげられるようになってきました。
今年6月にはNHKの「おはよう日本」でも特集されています。

ビジネスに求められる“アート”


ビジネスの課題解決にロジカルな思考だけでなく、アート的な感性や視点・発想力を取り入れ、全体をフラットかつ客観的に捉え独自の視点で創造的に解決する力が求められているというのです。ビジュアルシンキングストラテジー(Visual Thinking Strategy/VTS)アートマネジメント研修などで検索すると、多くの研修プログラムが見つかります。
また、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」』やビジネスの限界はアートで超えろ!』などの本も注目されています。


実は、上記「おはよう日本」の冒頭にも登場し、ビジネスの限界はアートで超えろ!』の著者である 増村 岳史さんは、リクルート時代に一緒に仕事をしていた同僚(宣伝部でケイコとマナブ担当)でもあります。今はこの分野の第一人者になっていたので驚きました。

身近にある本物のアート


さて、それでは普段から美術・アートに触れる機会が無い、感心がない人が本を読めばアート的な感性や視点・発想力が身につくかというとそう簡単ではありません。研修を受講すればその気になるかもしれませんが、職場に戻って直ぐに生かせるかも疑問です。
それは、そもそも本物のアートに触れた記憶や経験の少なさにもよります。何事もやはり本物に触れることは重要です。世界のエリートは美意識を身につけるためにアートスクールや美術大学に通うことも珍しくないと言います。アートの価値・見方が理解できないのでは、感性も視点も発想も薄っぺらなものになりかねません。ハリウッド映画にも、美術館や美術品を題材にしたり美術館が重要な場面に使われているものは珍しくありません。それだけ、美術館やアートが身近にあり、価値のある物として認識されているということでしょう。
福岡市美術館 リニューアルで大濠公園に向けたアプローチを新設

広報のお手伝いをさせていただいている、市民にも身近な大濠公園内にある福岡市美術館は、黒田家ゆかりの古美術品からダリやミロ、シャガール、バスキアなど近現代の著名な作家の代表的な作品まで、約16000点もの所蔵品を有し最高の環境で展示しています。コレクション展の観覧料は一般でも200円中学生以下は無料です。わずか200円で国内有数のコレクションを間近に見ることができるのです。コレクションをじっくり鑑賞すれば、優に2時間は必要です。

手軽に「アートの見方」に触れる


福岡市美術館では、毎日11時と14時からるボランティアによるギャラリーツアーを実施しています。観覧券があれば参加は無料です。

私は、先日このギャラリーツアーに参加しました。約40分のツアーは解説付きで3つの作品に向き合うのですが、これはまさにVTSやアートマネジメント研修に通じる体験です。目の前にある一つのアート作品に、10分間以上向かい合い様々な思考を巡らせるのです。普通に美術館や展覧会に足を運び、一つのアートと10分間向き合うことはなかなか無いと思います。一人ではなく複数の参加者がいて10分もの時間一つの作品に向かい意見を交換しあえば、見えなかった事や見ようとしなかったことも見えてきます。
わずか200円で本物のアート(仮に市場で取引されれば数億円になるような作品は少なくありません)と向き合い、高額な研修にも似た体験ができるギャラリーツアー。市内の企業であれば、福岡市美術館での1時間を確保するのはそれほど難しいことではないと思います。費用は一人あたりたったの200円(+交通費)なのですから、課などのグループ単位で参加してみると良いのではないでしょうか。

企業でなくとも、個人で参加するのもおおいにオススメします。個人的には、ミロの「ゴシック聖堂でオルガン演奏を聴いている踊り子」の解説の回に次回参加したいと思っています。あの作品はどういう風に見るのか?

ギャラリーツアーの当日の解説作品は、福岡市美術館のTwitterでtweetされています。
事前に知りたい場合には、福岡市美術館ウェブサイトのお問い合わせフォームで問い合わせることも可能ですが、直前/当日に変更となることもありますので、予定しなかった作品と出会うのも一つの楽しみ位に思って参加してみてはいかがでしょうか?

ギャラリーツアー、ビジネスマンにもオススメです。



2019年6月16日日曜日

老後2000万円問題を自分ごと、として考えるときの参考に

先週、金融庁が公表した金融審議会 市場ワーキング・グループの「高齢社会における資産形成・管理」報告書が物議を醸しています。メディアで大きく取り上げられ、麻生財務大臣が報告書を受け取る受け取らないとか、野党は選挙に向けた争点にしようと追求をするなど、騒動は治まりそうにありません。
件の報告書は、金融庁のサイトからダウンロードできます(上のリンクからもダウンロード可)が、金融審議会の報告書の公表は今回が初めてではありません。2016年には「国民の安定的な資産形成に向けた取組みと市場・取引所を巡る制度整備について」という報告書を公表していて、こちらもダウンロード可能です。

これらの報告書は、金融庁のワーキンググループの報告書です。公的年金は厚生労働省から委託された日本年金機構が業務運営を行い、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用していますから、いわば第三者の別な視点からの報告書です。ある意味、客観的に正しい指摘をしてくれているわけです。

それでは、この報告書を受けて、私たちはどうすれば良いのでしょうか?私の場合は年齢的にすでにできることは限られていますが、これから公的年金は先細りすることが確実な30代~40代、あるいは私たちの子どもの世代はまだ時間もあります。報告書にあるように、老後に備えて自分で何か手を打たなければなりません。
節約ライフプランの「家計診断 年金・老後」画面の一部

その参考になるのが、NTTイフが運営しているサイト「節約ライフプラン」です。
実は、このサイトのコンテンツの多くをブライト・ウェイが提供しています。 老後の備えに関しては「家計診断 年金・老後」が参考になります。
相談者からの具体的な相談に対して、ファイナンシャルプランナーがキャッシュフロー表やグラフを示しながら、具体的にアドバイスをしています。iDecoやNISAに対する質問もあり、金融商品や投資に関するアドバイスも多くあります。相談者の家族構成や所得、相談の背景などバリエーションも多く、これらのケースの中に自分と重なるパターンも見つかるのではないでしょうか?

参考にしていただければ幸いです。





2019年5月9日木曜日

育児情報誌mikuを振り返るー休刊にあたり

育児情報誌miku 創刊号から53号まで、全表紙
2018年3月に事業を絵本ナビ様へ譲渡し発行元ではなくなったものの、編集は引き続き担当させていただいていた育児情報誌mikuでしたが、5月7日、絵本ナビ様より紙媒体としての発行を休止する旨のお知らせがありました。
mikuへの思いについては、妻であり編集長であった高祖常子が本人のブログー「育児情報誌miku休刊のお知らせ」~感謝を込めてーで綴っていますので私は別な視点からmikuについて振り返ってみようと思います。

ブライト・ウェイがmikuの編集を引き受けたのは、2005年の創刊2号目から。創刊の1号を除いて、14年間通算52号の編集に携わってきました。 その間、発行元はコイル→ベネッセコーポレーション→ブライト・ウェイ→絵本ナビと4社に引き継がれました。mikuの14年の歴史のうち2010年春号~2018年春号までの8年間がブライト・ウェイが発行元でした。ベネッセコーポレーション様(以下ベネッセ)から事業を引継ぎ、絵本ナビ様へ事業譲渡するまでの8年間の試行錯誤を振り返りたいと思います。


1,編集方針の見直し


私自身はリクルートでの編集経験と創刊経験(パッケージソフト・ケイコとマナブの創刊編集長)、独立後もSkymarkAirlinesの機内誌編集長など長く編集に携わってきましたが、発行人(事業責任者)になるのは初めてのことです。2010年3月発行20号よりブライト・ウェイの発行となるのですが、発行を継続しながらいきなり大きな変更はリスクも大きいので、編集・印刷・物流などの体制はそのままで、まず編集方針の見直しをしました。
それまでのmikuは「自分なりの子育てを見つける」 でしたが、これを「子どもと私が育つ!楽しむ!育児情報誌」としました。
そして記事と広告を明確に分けました。パブリシティやプレースメントは基本的に無くし、記事は完全独立。個別商品やサービスは広告(ペイドパブリシティ=タイアップ記事広告)としてのみの掲載としました(プレゼント賞品除く)。これにより、広告を掲載する意味が明確になりますし、読者には記事の信頼性も上がります。

ここまではソフト面の変更、編集作業で対応できますが、事業としての見直しはマーケティング行為そのものです。読者像を設定し、その読者に求められるmikuの姿を設計しビジネスとしてデザインする作業です。編集方針と記事ラインナップ、それを納めるパッケージとしての判型・開き・色数・紙質・紙厚、手に取ってもらうための配布エリア・ 配布場所・発行サイクル・配布方法、そしてそのコスト(mikuはフリーペーパー)…

 2,より多くの読者に届けるために


広告主・代理店さんからすれば、媒体の価値はその読者属性と数です。しかし、部数を増やすためにmikuの設置場所・配布場所をむやみに増やすことはしませんでした。mikuを手に取って、自分が思った本ではないなと思えば元に戻せる(必要の無い人が持ち帰れば捨てられるだけです)落ち着いた場所で、しかもこちらからお願いするのではなく先方から希望されて初めて設置するということにしました(イオン ファンタジースキッズガーデン様だけは、こちらからお声かけさせていただきました)。同時に、それまで一都三県に限定していた配布エリアの制限を撤廃しました。
企業の福利厚生や保険組合からの問い合わせ、希望も多くいただきました。小児科の先生や保育関係者の口コミなどにより徐々に設置場所は広がり、1年半ほどで47都道府県で配布されるようになりました。
それでも、近くに配布されていなければ、送料のみ120円での取り寄せもできるようにし、育児サークルには毎号5部を1年間送付するサービスを開始。ピーク時には50サークルほどに発送していました。
また、自治体の子育て支援に役立てていただこうと、希望する自治体へもmikuを送付していました。

毎号、各設置場所に何部配置し、何部残ったかをチェックし、できるだけ無駄の出ない配布を目指し、90%前後の消化率を維持しました(100%になると、空のラックだけが残り、他の物を入れられたり撤去されたりしますから、ちょっと残るというのが理想です)。
最終的には13万部の発行でしたが、11万部前後を読者が持ち帰り、小児科の待合室やファンタジースキッズガーデンなどで待ち時間にmikuを読んでくれた人を加えると、読者は13万人を優に超えていたはずです。

3,コストをいかに抑えるか



多くの読者にmikuを届けるために部数を増やし配布エリアを広げれば、それだけ印刷・流通コストも上昇します。リクルート時代にさんざん鍛えられた印刷の知識を駆使し、凸版印刷さんと印刷単価の交渉に臨みました(これはちょっと複雑なので詳細は割愛します)。
そして印刷用紙の変更。紙の値段は単純に言えば重さ1kgあたりいくらという設定です。ページ数が多ければ多いほど、部数が多ければ多いほど紙をたくさん使いますが、最終的な購入総額は重さで決まりますから、単価が同じなら厚さの割に軽い紙や薄い紙を選べば使用した紙の面積は同じでも総重量は軽くなりコストは下がります。更に、10万部を超える部数ですので輪転機で印刷するため使用するのはロール紙になります。巨大なトイレットペーパーのような形状のものです。これは、印刷のタイミングに合わせてロール単位で注文し作ってもらう(抄造と言います)ので、少ししか使わなくても1本買い取りです。

読者に手に取ってもらえたときに、その手触りや 印刷の仕上がりが「mikuらしい」と思ってもらえる紙を求めてたどり着いたのが「ペガサス バルキー8」という、日本製紙石巻工場でのみ生産している紙です。石巻工場は東日本大震災で津波の被害に遭い、一時期操業を停止していましたが、懸命な復旧を経て半年後に一部再稼働、1年後には完全復旧を遂げています。日本製紙石巻工場の復興ドキュメントが報道番組で流れたときには、画面を見ながら涙がこぼれました。mikuもペガサス バルキー8の抄造が再開されるまでの2号は、やむなく他の紙で代用(こちらの方が少し安い)していましたが、2011年冬号からは再びペガサス バルキー8に戻りました。

印刷の単価が下がっても無駄な台割りや面付けをするとコストは下がりません。スーパーで安いからと無駄な買い物をするようなものです。毎号ギリギリまで台割りや面付け、使用する紙の厚さ、使用するロールの数を細かく調整しながらコストを最小限に抑えるようにしていました。
こうして決めた単価に対し、8年間で数々の印刷会社から見積もり提案を受けましたが、検討に値する金額を出せたところは一つもありませんでした。

印刷だけでなく、配布も膨大なコストです。ベネッセさんから引き継いだ当初は一都三県1,000カ所ほどだった配布先が、全国2,600を超える配布先になりましたので数は単純に2.5倍、配送距離は数倍です。単価の交渉、委託先・配送方法・配布のタイミング の見直しなどでコスト上昇を抑えました。

4,売り上げを確保するために


これが一番の難関でした。
ベネッセさんから引き継ぐ際には、広告主様もそのまま引き継げるものと思っていましたが、そうは問屋が卸しません。まず、ベネッセさんは全て代理店さんを通しての取引でしたので、引き継げたのは個別のクライアント様ではなく代理店さんの窓口、しかもほとんどは営業担当でもなく媒体部(雑誌担当)の窓口でした。
代理店の媒体部との関係を維持・強化しつつ、実際の営業先の開拓をしなければなりませんが、ほとんど新規の開拓はできず(私の本業もあり、mikuの営業は片手間でした)、事業スタートの際に借り入れた1,000万円は編集・印刷費や配布費用ですぐに底をつき、追加融資や生命保険の解約でしのぎました。しかもこの間はお客様との商談にもこぎつけられなかったので、何が悪いのか、お客様のニーズは何なのかさえわからず時間と制作費だけを浪費して2010年が終わろうとしていました。

このまま続ければ赤字が膨らみ、続けるには借り入れを増やさなければならないという、自転車操業に陥ってしまいます。だからといってどうしたら売れるかがわからないままに季刊誌のmikuのために営業を雇うのはためらわれました。といって私が本業を疎かにしてmikuの営業に集中することもできず、悶々としていました。そんなとき、たまたま出席したリクルートOBの忘年会で、完全成果報酬型の営業代行業をスタートした後輩と出会ったことで目の前が一気に開けました。営業先の候補リストを用意すればアポイントを取ってくれるのです。アポイントさえ取れて直接話ができれば、仮に売れなくても何が悪いのか、どうすれば良くなるのか、お客様が求めているのは何かが掴めます。

それまでも、mikuの設置場所をサイトで公開したり、タイアップ広告はサイトにも無料で掲載するなどの改善を加えてきましたが、そういう改善したことすらお客様に直接伝えることができていません。まずは直接会って媒体の説明をすることがスタートです。

専任の女性アポインターを付けて貰い、私のスケジュールを共有し、動ける時間にアポイントを入れて貰いました。アポイントが取れれば関東圏だけでなく関西や東海へも出かけ、媒体説明と商談を繰り返しました。その結果、2011年春号でなんとか単号黒字(と言っても原価を確保しただけですが)となり、これ以上の出血を停める目処が立ったとこの時は思いました。
しかし、この号はまた別の意味で記憶に残る号となりました。常子のブログでも書いていますが、 配布開始直後に大きな出来事が立て続けに起き、特に東日本大震災は日本経済にも大打撃を与え、夏号以降に掲載を検討していただいていた飲料メーカー様は新商品の発売を取りやめたり、やっと扉が開きかけた東京電力様もそれどころではなくなったりと、日本中が自粛ム-ドとなり、再び赤字に逆戻り。それでもやがて自粛ムードは和らぎ、順調にアポイントを重ねることで、売り上げも安定してきました。

一度面会し、名刺をいただいた方には、1~2週間おきにmikuの役立つ周辺情報(次号記事ラインナップ・スケジュール・読者アンケートの結果など)をメルマガの形で継続して送らせていただきました。読者アンケートでは、世の中でも話題になっているようなことや関心が高いことを尋ね、結果をニュースリリースとしてメディアにも公開していたので、度々新聞やテレビでも紹介され、編集長がコメントすることも増えてきました。今年の中学校の教科書にもデータ引用されたりもしています。

地道な積み重ねで、最終的にはメールや電話で直接連絡が取れるクライアント様や代理店ご担当者は500人を超えました。初めて名刺交換をして1年後に先方から発注のご連絡をいただくというようなことも出てきました。

5,事業譲渡を考えるきっかけ


mikuの認知度も徐々に上がり、miku編集長であり子育てアドバイザー、そしてオレンジリボンやファザーリングジャパンの理事でもある高祖常子は、様々な所からお声かけいただき講演やセミナーに登壇する機会が増えてきました。

猛暑の2016年、お盆休み期間中に登壇したあるセミナーで事件は起こりました。講演後に常子が熱中症で倒れてしまったのです。たまたまこのセミナーが医療関係の主催者だったおかげで適切な処置をしてくださり事なきを得ましたが、これを機に「もしも」の時を考えるようになりました。
この時mikuは、編集に関わる部分は常子が、それ以外は営業を含め全てを私がコントロールしていました。もちろん、外部のスタッフや協力パートナーがいますが、二人のうちのどちらかが事故や病気で倒れたらたちまち立ち行かなくなります。二人とも永遠に仕事を続けられるわけではありませんし、既にそれなりの年齢です。もっと組織としてしっかりした体制で発行を続けられるところにmikuを委ねる方が、読者やクライアント様にとっても安心できるだろうとの思いが強くなりました。営業についても、私が一人で動くよりももっと効率よく良い数字を獲得できるに違いありません。

この事件をきっかけに、mikuを引き受けてくれる企業を探し始め、翌2017年に絵本ナビ様が名乗りを上げていただき、2018年の事業譲渡となりました。

6,mikuのこれから


絵本ナビ様は、「レスポンス」や「リセマム」「RBB TODAY」などを運営するiidグループの会社です。iidグループはインターネットをプラットフォームに、様々な情報やサービスを提供し、今後はモビリティに軸足を置いた事業展開を視野に入れているようです。
紙のmikuは無くなりますが、mikuが提供してきたコンテンツ・情報のニーズがなくなったわけではありません。コンテンツの配布ツールが紙という形のある物からデジタルな空間への移行が完了したと考えれば良いのかもしれません。mikuの読者アンケートが、はがきからFAX、ネットに移行したのと同じ事です。残念ではありますが、これも時代の流れです。
印刷や物流コストが無くなり、大幅なコストダウンですから、経営判断としては当然の選択です。今もmikuが私たちの手元にあれば、このような決断は難しかったでしょう。まさに、「イノベーションのジレンマ」を地で行くような話です。

今後、mikuが絵本ナビスタイルの中でどのように位置づけられるのか、どのようなサイクルでコンテンツが更新されるのかはまだわかりませんが、現在もmikuの取材・執筆は進んでいます。

引き続きmikuをよろしくお願いいたします。




2018年9月6日木曜日

もう一度、IDカードを下げて外出していないか注意を

1992年アメリカズカップ取材時のIDカード
先日、83歳の母親がテレビドラマを見ながら、こう尋ねてきました。

「近頃は、首からなんか札下げるのが流行っとるんね?」

最近、オフィスビルではセキュリティチェックが厳しくなっています。そもそもテレビ局や大手広告代理店では、オフィスの入退出はIDカードをかざすのが当たり前です。そんなこともあり、オフィスや病院を舞台にしたドラマだと、職場の場面では登場人物が首からIDカードをぶら下げているのが普通になりました。

かつては、IDカードはF1やアメリカズカップなどの国際的なイベントの際、世界中からやってくるジャーナリストを一般人と明確に識別し、セキュリティエリアへの立ち入りを許可するためなど、限られたシーンで求められていました。そのため、IDを取得するためには定められた要件を満たす事前の申請書類の提出が必要で、認められれば発行PINの通知かIDカードが送られてきました。今のようにICカードなど無い時代ですから、顔写真付きです。
一方国内では基本顔パスみたいなもので、見慣れない顔だと停めて確認する程度。名刺がID代わりでもありました。国会やプロ野球の球場だと記者クラブ章やペンクラブのバッジなどで識別していました。

首からカードを下げる様な場面は、参加した人をグループ分けするなどのイベント性の強いシーンに限られました。名札を首からぶら下げて外を歩くことは、小学生が名札をつけて歩いているような恥ずかしさを感じたものです。

外をオフィスの延長で考えない


昨年、「ピースサインの写真よりも怖いIDカード下げた外出」 をここにエントリーして警鐘を鳴らしました。しかし、冒頭の母の発言のように、テレビや映画、Net配信の番組でIDカードをぶら下げた登場人物を多く見ていると、どこでもそれが普通で場合によってはカッコイイと思ってしまう人も出てくるでしょう。職場で同僚はみなIDカードをぶら下げ、一緒に昼食を食べに外に出れば外でもIDカードをぶら下げています。本人達は何の違和感も感じません。しかし、まわりから見れば異様な集団であり、しかもIDカードのおかげでどの会社のどの部署のグループかまで容易に識別できてしまいます。スマホで写真を撮れば、一網打尽でグループの情報が取れてしまいます。
あれだけ個人情報について神経質になっていながら、不思議です。

今、小学生でも学校の外では名札を着けないか裏返すようにしています。名前で呼ばれて話しかけられると警戒心は薄れ、犯罪に巻き込まれる可能性が高まるとの懸念からです。スマホで写真を撮り、拡大すれば名前がすぐにわかります。
IDカードから顔と名前、所属がわかれば、今ではネット検索でいろいろなことが解ります。ストーカーの危険だけでなく、ネット上の情報プロファイリングにより自宅住所や家族・交友関係まで探り当てられまてしまいかねません。

テレビや映画でみんな首からIDカードを下げているからと、それが施設の外に出ても普通の事、格好いいことと勘違いしないよう、今一度従業員に徹底しましょう。それが徹底できないのなら、蓋付きのIDカードホルダーの導入を検討するべきです。





2018年8月16日木曜日

小さな子どもとその家族の事を考えれば、サマータイムの導入は絶対にありえない


サーカスのMr.サマータイム、40年前ほど前大ヒットしました。この曲を聴くと、何だか気持ちがウキウキしたものです。そのMr.サマータイムが再び2018年版として公開されました。やっぱり良いですねえ。

ところがここにきて暗い気持ちになるサマータイムの話題が持ち上がっています。2020年の東京オリンピックに向けて導入が検討されているサマータイムの事です。
サマータイム導入の目的は、暑い時間帯の競技を避けることだといいます。暑い時間帯の競技を避けるのであれば、競技時間を変えれば良いだけの話です。オリンピック期間中は公共交通機関に特別ダイヤを組むよう要請することで対応可能でしょう。西鉄だって、大晦日には太宰府天満宮への初詣に対応して、夜通し電車を運行しているのですから。
また、通勤時間のピークと選手・観客の移動時間とが重なって混乱するからというのであれば、企業に対して業務開始時刻をずらす要請をする、あるいは夏休みをオリンピック期間中にするなどの方法も考えられます。少なくとも、影響は首都圏・東京圏に限定されます。

戦後復興期の前回であれば、明るい未来のために日本国民が一丸となってオリンピック成功に協力するという気運はあったでしょう。しかし多様な価値観と生活スタイルに細分化された2020年の日本において、オリンピックのために全国民の生活時間をずらすということはとうてい容認できない人たちも出てくるでしょう。

 乳幼児の体内時間は簡単には対応できない


今、働き方改革や子育て支援を盛んに口にする政府与党ですが、サマータイムの導入によって最も影響を受けるのは、小さな子どもと子育てをしながら働いている家庭だということに思いが至っていません。

乳幼児の生活リズムは、サマータイムになったからといって変わる訳ではありません。寝る時間や起きる時間、食事の時間など急に変えられるはずがありません。朝いきなり起こされても暫くは寝ぼけたままで着替えも支度もできず、ぐずる姿が容易に想像できます。生活リズムの変化に対応できず、ストレスや体調を崩す子もたくさん出そうです(私は医者ではないので断定はできませんが)。
子どもの生活リズムを作るのは、親にとっては大変な苦労を共にします。折角作った生活リズムを崩されるのですから、子育て中の家族にとっては大変な迷惑です。当然、保育の現場も大混乱することでしょう。

親子で作る生活リズム(miku41号)

こんな事を続けていて、子どもを安心して産み、育てられる日本が実現するとは思えません。 社会全体で子育てをする国とはほど遠い、目先の事しか考えない現政府の姿勢がここでも見えてしまいます。

保育園問題と同様に、子育て家族はサマータイムに無関心であってはなりません。サーカスのMr.サマータイム、今改めてその歌詞を見直すと随分意味深ですね。
(Mr.)サマータイム、気まぐれから何もかも無くした私……
誰が何もかも無くすのでしょうか?

日本全体でウキウキする2020年の夏が迎えられますように。





2018年3月9日金曜日

広報マンの週末にオススメの映画

最近は、外向けのPR業務(リリースの配信や新商品発表会など)は外注に任せ、経営TOPの取材対応や広報リスクマネジメントなど、守りの広報が企業の現場担当者の主な業務になりつつあります。そのような、広報担当者に参考になりそうな映画をピックアップしてみました。今は、様々な配信サービスで、自宅に居ながら映画もドラマも見られる時代です。週末の空いた時間のお楽しみとして、仕事を意識せずに見ても楽しめるオススメのものばかりです。

シェフ 三ツ星フードトラック始めました


監督・主演ジョン・ファヴロー
出演 スカーレット・ヨハンソン
ダスティン・ホフマン
ロバート・ダウニー・Jr ほか

ロサンゼルスの一流レストランの総料理長カールが、Twitterで大物料理評論家の投稿に腹を立て(フォロワーのタイムラインに表示される)リプライとダイレクトメッセージとの違いを知らずに感情にまかせて挑戦状をたたきつけてしまいます。これが炎上、来店した評論家へ激しい怒りを爆発させたところを、他の客が動画に撮りYouTubeにアップ。それが拡散されシェフは解雇され、その騒動は業界でも知れ渡って再就職口も見つかりません。
仕方なく、フロリダからキューバサンドイッチのフードトラックを仕立て旅をするのですが、その道中にシェフの息子がSNSを駆使してアピールした結果、人気店になっていきます。
SNSの怖さと有効な使い方を見せてくれる、痛快な映画です。

ゴーンガール


監督     デヴィッド・フィンチャー
出演 ベン・アフレック
   ロザムンド・パイク ほか

結婚記念日に突然姿を消した妻。自宅には殺され遺体を持ち去られた様な痕跡。そして疑われたのはその夫ニック。マスコミも世間の目もニックに疑いの目を向けますが、それは殺されたと思われている妻の巧妙な罠でした。
残された数々の証拠から誰もがニックが犯人だと思って疑わない状況で彼を救ったのは、テレビの対談番組への出演でした。
不倫や不祥事で開かれる記者会見では、多くの場合はますます印象を悪くするケースが多いのですが、ごく希に記者会見を機に世間の見方や評価が一変することがあります。
記者会見やメディアとの付き合い方の難しさと生かし方の例として見ると共に、女性の恐ろしさを改めて気づかされる映画でもあります。

二ツ星の料理人


監督 ジョン・ウェルズ
出演 ブラッドリー・クーパー
   シエナ・ミラー
   ダニエル・ブリュール
   オマール・シー ほか

スキャンダルを起こして姿を消したパリの一流フレンチレストランの二ツ星シェフ アダム。3年後、復活をかけたアダムは、かつてのオーナーの息子が開くレストランを訪ね、強引にシェフの座に就きます。「三ツ星をとって世界一になる」と誓い、パリ時代の同僚やヘッドハンティングした女性料理人など才能溢れるスタッフを集めるも、彼はシェフとしては最高でも、人間的には欠点だらけ。3年の間に劇的に変わってしまった料理界のトレンドにとまどっているところにミシュランの調査員が来店する事がわかり……
評論家やミシュランといった第三者の評価が、客の入りや業績に大きな影響を与える料理ビジネスの世界。料理人や経営者はその第三者の評価軸をもとに経営・店の運営をするのか、それとも別な評価軸を持つことがお客様や働くスタッフの幸せに繋がるのか?を問いかけます。
ステークホルダーの捉え方と優先順位を考えさせられる映画です。

ハンコック


出演 ウィル・スミス
シャーリーズ・セロン ほか

飛行能力と怪力、不老不死の体を持つ超人ジョン・ハンコック(ウィル・スミス)は、酒浸りで、事件が起こると助けに現れるものの力の加減を考えないため、周りに迷惑をかけるばかり。世間から嫌われていました。
ある日ハンコックに救われたPRコンサルタントのレイは、ハンコックをヒーローにするイメージ戦略を持ちかけます。ハンコックがそれを受け入れたことで世間の見方も変わり、自身も変わっていきます。
「他者」からの視点、見え方を意識して行動することによって自分自身も変わり、生まれ変わるというReputation Managementのわかりやすい好例です。

64(ロクヨン)


出演 佐藤浩市
綾野剛
榮倉奈々
瑛太 ほか

県警警務部の広報官を主人公に警察内部の対立や県警記者クラブとの衝突などを浮き彫りにしていく映画。行政省庁や経済団体、業界団体には記者クラブが存在しますが、特に警察の記者クラブは社会部の記者によって構成され、いわゆる御用クラブとは少し違います。普段、経営者が接する事が多い経済部の記者とは違い、忖度も容赦もありません。不祥事を起こしたり問題を起こしたときには、この映画の様に追求されるのだというシミュレーションにもなります。

他、新商品発表会へのこだわりと準備の参考になる「スティーブ・ジョブス」や、テレビドラマでは自衛隊の広報室を舞台にした「空飛ぶ広報室」、リスク管理の現場対応がテーマの「リスクの神様」、過疎化が進む村に活気を取り戻す「ナポレオンの村」なども参考になると思います。

この週末も、充実した時間をお過ごしください。




2018年2月9日金曜日

アカデミア賞授賞式に出席してきました

左から 森清範氏(清水寺貫主)、畠山重篤氏(漁師・エッセイスト、NPO法人「森は海の恋人」理事長)、田中裕也氏(建築家・ガウディ研究者)
昨年末、田中裕也さんから連絡をもらい、「全国日本学士会主催のアカデミア賞を受賞することが決まり、その授賞式が京都で開催されるので時間が合えば出席して欲しい」と打診がありました。2か月以上先のスケジュールなのですぐには確定できませんでしたが、 心配していた会議も入らなかったので出席することができました。

素晴らしい講演

田中さんがアカデミア賞を受賞した事は連絡でわかっていましたが、他の授賞者の情報などは全く知らずに出かけました。
会場に行き初めてわかったのは、今年度の授賞者は3名。他の2名は
社会部門 森清範氏(清水寺貫主)
文化・社会部門 畠山重篤(漁師・エッセイスト、NPO法人「森は海の恋人」理事長)
そして、田中裕也さんが 国際部門での受賞でした。

授賞式の後には、受賞者による記念講演が設定されていました。
森清範氏は、冒頭に漢字の揮毫を披露しての講演。 毎年恒例の日本漢字能力検定協会が発表する今年の漢字を揮毫する姿がお馴染みですが、目の前でその揮毫が繰り広げられました。今日の一字は、観音様の「観」。懇親会の席でご一緒させていただいた清水寺の学芸員さんに話をうかがったら、今回の揮毫のために準備した筆や台座は、日本漢字能力検定協会さんからお借りした物で、今年の漢字を発表するときの物そのものと言うことでした。
揮毫に続いての講演では、仏教の講話に今年の漢字発表の裏話など、学び有り笑いありでさすがにお上手。勉強になりました。

畠山さんも、京都大学で教壇に立たれているだけありお話しが上手です。何故牡蠣の養殖で山に木を植える事に至ったのか、そして科学的に有効だと証明されこの活動が英語の教科書に載ることになったというお話し。その際に、「森は海の恋人」をどう訳すのが最適かと悩んだ時に救いの手をさしのべてくださったのが、なんと皇后陛下であったことなど、驚きの連続でした。 そして皇后陛下のアドバイスでたどり着いたのが「long for」という表現。「long for」は愛するよりも慕う、焦がれる、憧れると言うニュアンスだそうです。「森は海を慕い、海は森を慕う」と。その後に国連で講演することとなり、このエピソードを話すと、聴衆が総立ちでスタディングオベーションだったと言うことです。

田中さんの講演は、これまでの40年の実測図面制作活動や最近新たに発見したガウディコードについて。私の場合は、10年以上にわたって連載をお願いし、ずっと原稿の校正を通してその過程を追い続けていたのでその再確認という感じでしたが。実測して図面を描いているだけでは無収入。奥様のサポートが有ったからこそ今の自分があるのだとの感謝の言葉が、何よりも心に残りました。

今回、田中さんがアカデミア賞を受賞されたことで、奈良県庁へも足を伸ばすきっかけとなり、さらには京都で増えている新しいゲストハウスに宿泊体験することもできました。

田中さんの功績は重々承知していたのですが、あまりに身近だったので鈍感になっていたのかもしれません。
これからも更なるご活躍をお祈りいたします。