2017年11月15日水曜日

山尾志桜里衆院議員よりも倉持麟太郎弁護士が政策顧問を引き受けたことに疑問

山尾志緒理氏は、不倫報道を受けて民進党を離党し、先の衆院選挙では無所属で立候補。僅かに800票ほどの僅差で当選しました。それから1か月も経たないうちに、不倫のお相手と報道された倉持麟太郎弁護士を政策顧問として起用したと報じられました。

これを受けて、テレビでも様々な人がコメントを寄せています。あの上西由香里元議員にはまでさんざんな言われようでしたが、私は今回の報道に接して山尾議員よりも倉持弁護士に疑問を持ちました。

弁護士が依頼人を窮地に!?


倉持弁護士は、慶應義塾大学大学院法務研究科非常勤講師(憲法)、日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事・第二東京弁護士会憲法問題検討委員会幹事など、憲法に精通する論客としてテレビなどにもコメンテーターとして出演していたそうです。山尾議員も司法試験に合格し、検察官を勤めていた訳ですから、法律に関してはプロです。倉持弁護士に対しては、改憲に向けたアドバイスを求めての事だと言います。

倉持氏は憲法学者である前に弁護士です。

弁護士の仕事は、法律事務や法律相談ですが、一言で言えば依頼者の側に立って依頼者を守ることです。 依頼者を守るというスタンスであれば、今回の山尾議員からの依頼に対しても引き受ける事はしないでしょう。倉持弁護士が依頼を引き受ければ、依頼者である山尾議員を守るどころか窮地に追い込むことになります。そのくらいのことはわかっていたはずです。弁護士でなくても、不倫報道の後、山尾議員と倉持弁護士のことを世の中がどのように見ているかは容易に想像ができます。私には、なぜ依頼を断らなかったのかが不思議でたまりません。
弁護士ではなく、憲法学者としての道を歩もうとしているのでしょうか?

山尾議員の記者会見については、今更ここで画ほどでもありませんが、昨年のベッキーの最初の会見の時と同じ過ちを犯しています。

ベッキーと「一回戦で負けろ」発言県議の共通点

どうして政治家のみなさんは記者会見が下手なんでしょうね。


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2017年11月6日月曜日

11月は児童虐待防止推進月間です

11月は厚生労働省が定める児童虐待防止推進月間です。11月中は厚労省旗振りの元、各自治体やNPO法人などが全国で様々なキャンペーンやイベントを行います。平成29年度の標語は全国公募の中から「いちはやく 知らせる勇気 つなぐ声」が選ばれました。
「いちはやく」は児童相談所全国共通ダイヤル「189」の語呂合わせです。


(株)ブライト・ウェイは、子育てに関する情報をフリーペーパーmikuや育児のポータルサイト【こそだて】SNSなどで発信しています。miku編集長であり私の妻の高祖常子は、子育て支援活動に注力し、認定特定非営利活動法人 児童虐待防止全国ネットワーク(オレンジリボン)の理事でもあります。

オレンジリボンの活動や体罰禁止を法律で定めたスウェーデンを始めとした取材を通して得た子育て先進国の実態も踏まえ、日本でも「叩かない、怒鳴らない子育て」を広げようと誌面やサイト、講演を通じて発信してきました。

その講座などで話をし、誌面で細切れに伝えていた「叩かない、怒鳴らない子育て」のアドバイスを1冊にまとめて、先月「イラストでよくわかる 感情的にならない子育て」を上梓しました。
子育て中の悩める母親(あるいは父親)にとって救いの本になればとの思いで、苦労して書き上げました(私は横で見ていただけですが)。 子育て中のご家庭だけでなく、子育て支援に携わる行政官や保育・託児施設で子ども達と関わる仕事に就いている方にも是非手にとっていただきたいと思います。
また、講演依頼やメディアへの出演・取材依頼なども増えていることもあり、高祖常子のサイトも立ち上げました。


1995年以来の長期単身赴任中の私にとっては、ほぼ一人で3人の子育てをしてきた母親としての恨みも文章の端々に感じ取りながら読む事となってしまいました。そんな高祖家の様子なども想像しながらまさにご笑覧いただければ幸いです。





2017年10月30日月曜日

これからの希望の党の振る舞い方について

衆院選の投開票から1週間。選挙戦や結果について、各メディアでも分析や評価などずっと取り上げています。さらにここに来てまた文春砲が炸裂。立憲民主等から立候補、当選した新人議員がセクハラ疑惑を報じられ、無期限の党員資格停止処分を受けました。

そんな1週間の各党の動向を振り返ると、どうしても「希望の党」の今後が気になってしまいます。私は政治評論家でも思想家でもないので、単純にマーケティングコミュニケーションという視点(有権者視点)から書かせていただきます。

いかにすれば「希望の党」たり得るか 



小池さんが記者会見で「希望の党」設立を宣言したとき、国民は小池さん率いる新党が野党を結集して与党と正面からぶつかり合い、安倍自民党に大きな傷手を負わせる事に期待したでしょう。年配の有権者の多くは細川政権を樹立した時の事も思い浮かべていたと思います。しかし、その後の小池さんの「排除」発言や「踏み絵」が、民進党の合流によって一大勢力となりつつあった勢いに水を差し、反発を生んで3つに分かれてしまいました。しかも、「希望の党」は自民党の補完勢力という位置づけと捉えられて選挙に臨むことになりました。
「希望の党」は、選挙公示直前に有権者の希望を踏みにじってしまいました。そのまま何も手を打つことなく選挙戦に突入したわけですから、惨敗は当たり前だったでしょう。

希望の党の失速は都民ファースト(都議会選)と何が違ったのか?小池氏の誤算はどこに?


問題は選挙結果が出た後です。「希望の党」の両院議員総会や当選者、落選者のインタビューなどがテレビ、新聞などで報じられていますが、そこに出てくるのは小池さん、前原さんへの恨み節と党への批判ばかりです。 これが、落選した候補者からならまだわかりますが、当選した議員から出てくる発言ですから、「希望の党」に投票した有権者はがっかりします。今、国民の目には「自分だけは当選したい」と集まった私利私欲むき出しの烏合の衆にしか映っていないでしょう。
一方の自民党は、口を揃えて「謙虚に」と発言しています。きっと党からなにかしらの指示は出ているのでしょう。ここでも自民党の強かさとの違いが見えてしまいます。

国民も一時は「小池」さんに「希望」を見たのでしょうが、今となってはそれはありません。真に「希望の党」となるには、改めて国民の「希望」を受けとめられる、目指す日本の姿・政治姿勢、絵空事や具体性の無い公約ではなく「具体的なマニフェスト」を全員で検討し、党の総意で提示することです。この期に及んで「総括」や「批判」などという見出しが出たらお終いです。
 
「希望の党」は少なくとも、比例では1000万票近くの得票を得ています。しかし、「希望の党」立ち上げ直後の勢いがそのまま続けば、倍は得票できていたでしょう。今のまま、「烏合の衆」で有り続ければ、2年後なのか3年後なのか、あるいは1年後かもしれない次回解散総選挙では、更なる惨敗を喫することは間違いないでしょう。その前に党がまとまらず解散しているかもしれません。

国会は立法府です。国民が国会に求めるのは、日本の未来に向けていかに良い法律を制定してくれるかです。与党が提案する法案に反対するばかりではなく、自ら法案を国会に提出してその姿勢や存在意義を示すべき所です。自民党が受動喫煙防止法案を提出できないのなら、「希望の党」が中心になって野党で提案すればいいだけの話です。
「受動喫煙防止法案」は、多くの国民の「希望」するものなのですから。

「希望の党」誕生の時に国民が見たのは、与党を「批判」する政党ではなく、国を変えることができる、「行動」する政党への期待だったに違いありません。
松下幸之助も言っています。
批評、批判は後で良い」と。

地元や党の内向きではなく、結束して国のために行動を起こす姿を見せることが重要です。これからの主戦場は、記者会見場ではありません。国会の場に対しての姿勢であり行動です。それをマスコミも報道しますし、国民も見ています。

国会では与党の先手を打ち攻め入り、国会そのものが広く国民の関心事となることに期待します。





2017年10月26日木曜日

東名高速追突事故の二次被害、デマによる嫌がらせや営業妨害から考えるホームページの重要性

東名高速で2人の娘さんを残して夫婦2人が亡くなる追突事故の原因を作った、福岡県中間市の建設作業員石橋和歩容疑者。福岡県で「石橋」が社名に付く建設関係の会社、石橋建設工業(北九州市)が、ネットに投稿されたデマによって1日に100件以上もの無言電話や嫌がらせ、脅迫めいた電話がかかってきて、ついには警察に被害届けを提出して休業するに至ったと報じられました。

そのデマというのは、「容疑者は石橋建設工業に勤務していて、社長は容疑者の実父」という内容でまとめサイトに投稿されたものでした。それが掲示板サイトや他のネットメディア、SNSに広まり、それを鵜呑みにし信じたリテラシーの低いネットユーザーが電話するに至ったというものです。
今は、ネットで簡単に色々な事が検索できます。デマ情報をもとにGoogleで「福岡県北九州市 石橋建設工業」で検索すると、 GoogleMapの地図上にピンポイントで所在地が表示され、検索結果ではタウンページや地図情報サイト、電話番号検索サイトなどがならび、電話番号も簡単にわかってしまいます。

しかし、ここまで読まれた方は何か疑問を持たれなかったでしょうか?
地図や電話帳は出てくるのに、自社サイト(ホームページ)が出てこない(無い)のです。

自社のサイトが無いばかりに


私もGoogleで色々と検索しましたが、石橋建設工業さんは、自社のサイトをお持ちでないようです。もちろんFacebookページもありません。こうなると、ネット上に自ら情報発信する手段がありません。これではデマ情報が拡散されても公式にそれを否定することもままなりません。別な善意の第三者が否定してくれる、あるいは警察や司法の手を借りてデマであることを証明しなければなりませんが、結果が出るまでに時間がかかります。
自社サイトがあれば、今回のようなケースで検索されれば上位に表示されているはずです。そしてTOPページに石橋容疑者とは無関係であるということを表明できます。最近の銀行のサイトを開くと、必ずと言って良いほどスパムメールに関する注意喚起と、自行を名乗ったメールとは一切関係ないと表示されますが、これも同じです。
デマ情報を目にする人はITリテラシーが低い人ばかりではありませんので、きちんとした人はまず検索をして当事者のサイトを開くはずです。そして、拡散されている情報が事実でないとわかれば逆にそれを否定もしてくれます。しかし、今回は自社が情報を発信できるサイトも他の手段も持たなかったために、それらしいデマ情報だけが拡散してしまいました。

特に頻繁な情報更新をする必要はありませんが、いざというときに機動的な活用ができる自社サイトは、リスク管理の面からも開設しておくべきです。





2017年10月24日火曜日

2017衆院選で有権者が感じ取ったのは「風」でも「空気」でもなく「覚悟」

衆院選は与党の圧勝、というよりも、野党の惨敗で幕を閉じました。

小池都知事が「希望の党」を立ち上げた時には、ひょっとすると「風」が吹いて野党が一気に躍進するのかとも思われましたが、みるみる勢いをなくして結果惨敗でした。「希望の党」の失速については公示直後に書いたこちらで触れています。

希望の党の失速は都民ファースト(都議会選)と何が違ったのか?小池氏の誤算はどこに?

今回の選挙を振り返ると、立憲民主党以外は全ての政党で議席数を減らしています(自民党は後の追加公認で解散前と同数に)。総議席数が10減ったためでもありますが、各党からの減少分は全て立憲民主党に行ったような形です(しかも、比例で立憲民主党は名簿掲載数を超えて得票し、1議席は次点の自民党に移っています)。

この立憲民主党の勢いはどこから来たのでしょうか?何が支持されたのでしょうか?上のブログでも書いた、日本人の判官贔屓による勢いもあるでしょう。しかし、有権者が感じ取り支持したのは「覚悟」だったと思います。

解散理由も明確でないうえに、「政権選択」が前面に出て選挙の争点もよくわからないままでした。「希望の党」に至っては自公との大連立を臭わせるような小池さんの発言も有り、与党にすり寄るような空気もありました。争点は原発なのか、消費税なのか、反安倍なのか?最後まで絞られることなく公示日を迎えてしまうのか?そうこうしていうるちに、小池さんの排除発言や踏み絵などに反発した枝野さんらは、突如新党を立ち上げ、同時に希望の党への風向きが変わってきました。やがて希望の党に向いていた風が止んでしまったところに、立憲民主党(枝野さん)や希望の党と合流せず、無所属で戦った旧民進党候補者の覚悟が際だったのです。

降りる場所をコントロールできない落下傘


一方、希望の党は230名を超える候補者を立てて、選挙区に割り当てました。候補者にとっては縁もゆかりも無い土地や、今までの地盤を捨てて他の選挙区に移らされた候補者もいます。地元の有権者にとっては落下傘で見ず知らずの人が突然降りてきただけです。落下傘と言えば、映画でも途中で木に引っかかったり民家の庭に降りで犬に追っかけられたり、川に落ちたりとろくな事はありません。まさにそんな戦いだったと思われます。

落下傘候補が降りてこずにガチンコ勝負だったのが新潟4区。毎回金子恵美(自民)さんと菊田真紀子(無所属)さんとの一騎打ちで、注目の選挙区でした。今回は菊田候補が当選したのですが、今朝のテレビで新潟の有権者の声を拾っていてなるほどというのがありました。
「金子さんは自民党で比例復活があるけど、菊田さんは無所属で復活できないでしょ。だから菊田さんに入れました」という年配の婦人。菊田議員は、前回選挙では民主党で、金子さんに惜敗して比例で復活していました。今回は希望の党に合流せずに無所属で立候補した一人です。菊田候補の覚悟に、この選挙区には他の野党も候補者を立てませんでした。
個人的には今後の子育て支援政策立案などで期待していた金子さんですが、残念ながら比例での復活もなく、議員バッチを外すことになってしまいました。

新潟4区のような戦いが全選挙区で繰り広げられていたら、結果は大きく違っていたでしょう。

今回の衆院選は、マーケティング・コミュニケーション的な視点で見ても、大変興味深いものでした。